織部さん

今日は古田織部さんと長男重嗣さんのご命日
徳川に疎まれ嫌疑の末
 
師匠利休と同じく切腹

仲の良かった木村宗喜他連歌師 如玄他20数名
も京都に火を放ち三重安を暗殺するという
嫌疑で京都の市中引き廻しの後、磔にされ槍で刺され殺された

次男三男は江戸で差し違え切腹
五男重久は大阪城の戦いで討死

4男重行 は興寺の住職に息子たちを頼み
お墓の前で切腹された享年27歳

残されたお母さん仙さんは仏門に入り

得度を受けていた織部さんを
大徳寺の塔頭の一つに重然さんと長男の亡骸を運んだといい
明智光秀の隣のお墓に位牌をまいたとも

言われるが詳らかではない

これは和尚さんよりお聞きしましたが

織部が60歳の時に天海と作った水脈の霊地
興聖寺に眠られています(一般公開はしていません)

Back to list

ページの先頭へ戻る