泳調

フィジーの裏
日本の裏

ある時期青い写真はもういいかな

急に心が離れた
大きな透明な蒼波を求めて一人旅をしていた数年
武者修行だなと
海から戻り夕方、海の音を聴きながら宿で
ニンマリ

戻ると決めて
波から逃げるように変える
時の開放感と満足感
ほっとします。

波の構図を変えるには
海を変える
水中で波を交わしたいる位置
カメラのレンズの向きしかありません

波をやり過ごし
水中で回転し
さっきまで自分がいた位置に移動した波をパチリ!

自分の影を写しているのかもしれません

普通の写真やは構図を決めて
例えば三脚を立てたり、なんだかなんだ
ファインダーを覗いて
好みの絵を偽造するのだが

僕はファインダーは見ない
最も波が速すぎて見えない上
そんなことしてる時間がない

見ると必ず
人間ん臭さや恣意が意図が写り込む
だから写真がすごいのは気のようなものが入る点

話を戻しますが

沖から来た波を
かわして
振り返り写す青い絵が
なんだか似ていて
情熱が湧かなくなったのですね

贅沢なもので
あれほど怖くて近づけなかった波を
いつの日からか、そのど真ん中に溶け合っていた

下の1枚は日本のご来光と波の裏
冷たく暗い海へ泳ぎ出す

青いはるか沖の大波とは違う勇気と不安が
これまた、やる気をふるうのです

寒い!暗い!前から来た波を崩させて
押すから、逃げしろがない

かわして振り返ることより
実は高度な技?

そして、さらに早く水中で動かないといけません
無の世界
無意識に動く

前からの波はどうしても水面を見るため(目では見るので)
顎が上がり
首が折れる可能性が高いのです

あの死んで悔いなし
フィジーのはるか沖の撮影の経験があってこそ

コロナで海外は行けないので
日本で海の神様へお祈りしながら
ボチボチ
写していこうと思います

またご報告します。

Back to list

ページの先頭へ戻る