死生観

実は波ではなく光をとっていた

海では泳ぐ力ではなく
泳ぐ技と体術がいる

勇気と心を振りしぼり,誰もいない沖の波で独り
大波が迫り、心が潰れそうになる

そんな中気持ちのお護りとして
忍術の呪文を唱えていたが

ある日、彼らをよく知らないなと
甲賀と伊賀へ向かった

雨のある日お不動様の祀る滝寺で
偶然その寺の住職と出会い,やがて吉野の修験者に会い

以来不思議なご縁で祈りの旅がはじまった

日本が66の国だったころ,唯一だれにも征服されず
大きな力と戦っていた
実は義と正心,神仏を尊んだ地侍と村人,宮司、僧侶が忍

今から約500年前信長により
伊賀で焦土作戦と殺戮が起こった
「天正伊賀の乱1581年9月」

伊賀は「まつろわぬ者の住む魔界」と呼び
かってに手を出すなと 言っていた信長
だが,息子が勝手に2度に渡り攻め入るも惨敗し

激怒した信長は数年後
日本から伊賀を消す為
狐狸一匹たりとも生かすな!と
四方から火を放ちながら攻め入った

伊賀は12人の忍び頭が協議のもと
ある時期に敵が5万人でくる事も知る

所詮、物理的な勝ち目は無いが
侵略する信長に頭をさげてこうを願うならば
潔く散るのが、先祖代々護ってきた義と約束であり

仮に体はなくとも魂は生きる道
精神は負けない道を選んだ彼ら彼女ら

松尾芭蕉のおじいさんもそのとき討ち死にしたという

明治時代の前まではこうした
呪術やみえる方、陰陽師など特殊な力の方々
普通にいた日本
その力を畏れた白人がその力を
明治政府地と画策し廃仏毀釈、修験道禁止などを

共産主義のごとく
数千年祈られた仏像を焼き払った

そんな仏さんはどう思っているやら

これからも
山伏ならぬ海伏(商標登録)として
貝を吹き、呪文を唱え海で祈りを捧げて行く

これが今生の道である
人の生き甲斐は死生観にあると信ずる

地球の呼吸にあわせ
畏怖をわすれずにいた
感覚的に理解していた先人達

日本では北海道と明治2年に勝手に呼ぶ以前のアイヌ民族がいた

アイヌシモリ(人間の静かなる大地)
(神の住むところを) カムイシモリとよび
大切にしてきた彼ら

そんな地球の過去のあまたのネイティブな方々の
祈りと憶いがあり今がある

見えない風と呼吸は消える事はないと信ずる

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