タオ

自分が何者になるのか?

名刺になんて書くのか?

自分は何です。

言いたい訳だが

これがなかなか難しい

間違いないのは
お金を考えず

自分がみつけた光を
濁らせないこと

ある時期にきたら
選ばせられる

その時に
自分の声か?
己を裸に

覚悟しないといけない

それには過去から今を
嫌な思いや、さけて逃げて来たことを
見つめる事かもしれない

大きくラジオの周波数を変えてみる

僕の場合
息の続く限り

できるだけ裸で海に行くべきだ

俺は酸素ボンベで短い時間だけ海に入り
泥棒だ

ずるい!

全てを捨てる
身も心の中の邪魔も

なんてある日思い立つ

大事なのは行動。

東急ハンズなど数々の夢のある時間を
創造された、フライフィシングが大好きな浜野安宏さんに
14歳でつれてこられたパラオで

32歳の時に立ち返って
そのホームステーした家の主
逝去したアキヲさんのお墓の前で

海の苦しい修行はなんだろう?
俺は海を知ったふりをしていたな
と恥ずかしい自分を見た

すると
戦場ではんく
波の中!だと
今迄なかったフレーズが降りて来た

でそのまま波の中へ

それから数年後
スパイラルカフェで展示をした際,仲良くなった
1Fのカフェの店員だった芦沼君と話す機会が

彼に写真を見せると
「うわ!〜これ人に見せた方がいいですよ〜」

いやいや
あと5年程撮りためてから出すよ

「僕の家の近くに良いギャラリーカフェが
あるから今日言って来て話してみます」

それが今年で12年目の」ファイヤーキングカフェ

その初めての展示2005年
ある方が何枚も写真を購入してくださり

数年後の同じカフェで
どうですか?最近
まねされないうちに写真集をだしたくて

「まね出来ないでしょ〜これ」

問題は膨大な制作費!
すると写真の制作費、数百万を
惜しみなく大胆に
ポンとだして頂いた熊谷さん

人生は不思議と関係ない様な昔の時間と
人々野優しさで繋がっている

あの34年前
ある1軒のホームステーした家とそこの家族

20年前連絡もせずにパラオへ
グアムから前の席に座った女の子
家に着くその女の子が家の前に

なんだ〜
の当時8歳のユニス!

数年前彼らに連れて行かれた、広島出身の岸川さんのカープレストラン
話せば僕の広島の婆さんの友達!

まだまだありますが
思うがままに生きる事
おもうがままに行ってみる事

小さな事でも
波のようにいつか仲間やら嬉しい事を
連れてきてくれる

この数年夢中なのは
日本の朝陽と波!

暗黒と光の極端な
陰陽

どっちがかけても
存在しない

タオの世界である

新たな自分を写真から読む

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