作為を消すのではなく
作為を写真に持ち込まない

撮りたい、撮ろうという思いで
撮影する現場に行くのだが

商品やモデルの絵コンテや
着地点をメイクやディレクターで目指す
いわゆる広告、商業写真は別な写真

僕の場合は
行ってみて、さらに泳いで見て
撮れるか撮れないか

後でわかる

この辺も2022年ごろまでは
フィルムもあり36枚写して
また泳い出戻り
フィルムを詰めて
5時間くらい漂って、波を潜っていた

マウイ島のホノルアベイで2002~3年の冬に
宿がホーキパだったから片道1時間車を走らせ
帰るのは夜になっていた

話を戻すと

つまり
「写っちゃった」
もちろん被写体は透明な水と太陽

超感覚的なアンテナを呼び覚まし
場所探しから、水中の波へ向かう

すべての世俗の汚れや時計を外し
昔からの正しい本物の天然の海と波を
指先から足さきまで、圧力のある天然のMRIのように通過すると
あ〜生きてるな〜俺
これだ!これこれこれ!
と大笑いしていた

真剣に宇宙と海と向あわざるえない

自分の嘘やなめたり、おごれば
即身成仏

自分の嘘とは体力や泳げないのに
その力を客観視せずに、行くこと

それでも予想できない事故は起きるのだけれど

それ前の準備や、力量を鍛錬し
研究して死ぬなら
それは潔いスッキリした討死

切腹ではない

生き死にがかかること

戦争ではなく

平和だからわざと命をかけれる贅沢

考えすぎないこと
黙ってやること
独で向き合うこと
答えははなから無い
電気製品や時計は捨てて
自分の時間で右左、上下泳ぐ
怖さを泰賢すること
心の目を逃さないこと

キャッチする野生的感覚を磨く

すると体が自然に動いている

胸で動くこと
頭は捨てる

先生は自分かもしれない
大自然の無限な教え
宗教は日々の暮らしやこの宇宙にある
人間界の宗教のホコロビにかどあかされないこと

アイヌやネイティブアメリカン、忍たちの心によりそい
供養する

明け方の宇宙の光

彼らの生きた時間と変わらない
汚れた人間界とは別な次元がまだここにはある

思うことは同じはずです

観光地や作為と人間臭いテーマパークでは無い
独り旅へ行けば行くほど
自然に磨かれていく

神社へ自分のお願いを押し付けないこと

神仏は尊ぶが
頼らないこと

うみで独り
誰も助けちゃくれません

助かるような作為をしない

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